AI時代の人材活用と人材育成定型業務が自動化される時代に、経営者が考えるべき「人の活かし方」
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はじめに
AIやSaaSの進化により、企業の働き方は大きな転換点を迎えています。これまで人が
担ってきた入力作業、集計作業、確認作業、資料作成、問い合わせ対応、定型的な判断業務などは、今後ますますAIやシステムに置き換わっていくことが予想されます。
この変化は、単なる業務効率化にとどまりません。企業における人材の価値、管理職の
役割、人材育成のテーマそのものを大きく変えていくものです。
これまで重宝されてきた「正確に処理できる人」「決められた手順を守れる人」「専門知識に基づいて実務をこなせる人」の価値がなくなるわけではありません。しかし、その価値の発揮の仕方は確実に変わります。
たとえば経理業務であれば、今後は人が一つひとつ仕訳入力を行うよりも、AIや会計システムが処理を行い、人間はその結果を確認し、例外を見抜き、経営判断に活かせる情報へ変換する役割が重要になります。
つまり、これからの時代に求められるのは、単に「作業ができる人」ではなく、「AIやシステムを活用しながら、判断し、改善し、人を支援できる人」です。
本稿では、経営者の視点から、AI時代における人材活用と人材育成の方向性について整理します。
1.AI時代に変わる仕事の本質
これまでの企業活動では、多くの人材が定型業務を支えることで組織運営を維持してきました。請求書の処理、勤怠データの確認、営業資料の作成、顧客情報の入力、社内申請の確認、定期レポートの作成など、日々の業務には膨大な作業が存在します。
これらの仕事は、企業にとって必要不可欠でした。しかし、AIやSaaSの発展により、
「人が行う必要がある業務」と「システムに任せられる業務」の境界線が変わりつつあります。
今後、人間の仕事は次のように変化していくと考えられます。
処理する仕事から、処理結果を確認する仕事へ。
手順を守る仕事から、よりよい手順を設計する仕事へ。
情報を集める仕事から、情報の意味を読み解く仕事へ。
報告する仕事から、判断材料を提案する仕事へ。
作業量で貢献する仕事から、付加価値で貢献する仕事へ。
この変化は、経営者にとって大きなチャンスでもあります。AIやSaaSを活用することで、社員を単純作業から解放し、より創造的で、人間らしい仕事に時間を使えるようにすることができるからです。
一方で、注意すべき点もあります。AI導入を単なる人件費削減の手段として捉えると、
現場の不安や抵抗を招きます。特に、長年定型業務を担ってきた社員にとって、その仕事は単なる作業ではなく、自分の存在価値や会社への貢献実感と結びついている場合があります。
したがって、AI時代の人材活用では、「業務を減らす」だけでなく、「人の役割をどう高めるか」という視点が欠かせません。
2. 単純業務を担ってきた人材はどうなるのか
AI時代において、最も慎重に考えるべきテーマの一つが、これまで単純業務や定型業務を
担ってきた人材の活用です。
単純業務を得意とする人材は、今後不要になるのでしょうか。私は、そう単純には考えるべきではないと思います。
確かに、従来と同じ作業を同じ方法で続けるだけでは、企業内での価値は低下していく可能性があります。しかし、そうした人材には、AIには代替しにくい重要な知見があります。
たとえば、次のようなものです。
現場の細かい運用を知っている。
ミスが起きやすい箇所を知っている。
例外処理のパターンを知っている。
顧客や社員が困りやすい場面を知っている。
新人がつまずきやすいポイントを知っている。
過去のトラブルや改善の経緯を知っている。
これらは、マニュアルやシステム上には表れにくい、現場に蓄積された貴重な知見です。
AI導入や業務改善を進めるうえで、この現場知見は非常に重要です。
ただし、ここで経営者が注意すべきことがあります。それは、単純業務を担ってきた社員
全員を、いきなり「業務改善人材」や「AI推進人材」にしようとしないことです。
業務改善には、業務を客観視する力、構造化する力、課題を抽出する力、関係者を調整する力が必要です。これは、これまで正確に作業を続けてきた力とは異なる能力です。
そのため、既存社員の活用においては、一律に高度化を求めるのではなく、本人の特性に
応じて役割を再設計することが重要です。
たとえば、現場の知見を提供する役割。
AIやSaaSの出力を確認するチェック役。
新人やITが苦手な社員を支援するサポート役。
業務マニュアル作成に協力する役割。
例外処理や確認基準を整理する役割。
このように、AI時代の活躍の場は、必ずしも高度な企画職や改善担当だけではありません。正確性、継続性、丁寧さ、経験知、現場感覚といった強みを、新しい役割に接続することが大切です。
3. 業務改善が進まない本当の理由
AI導入や業務改善が進まない理由は、必ずしも技術不足だけではありません。
むしろ大きな障壁は、現場の心理的抵抗と業務の属人化にあります。
現場で長く業務を担ってきた社員にとって、その仕事は「自分が守ってきた領域」です。
そこに外部から踏み込まれると、無意識のうちに防衛反応が起きることがあります。
「このやり方でずっとやってきた」
「現場のことを知らない人に口を出されたくない」
「自分の仕事がなくなるのではないか」
「改善と言われると、自分が否定されたように感じる」
こうした反応は、決して珍しいものではありません。
さらに、人は自分の業務を客観視することが得意ではありません。日常的に行っている作業ほど、それが当たり前になり、どこにムダがあるのか、どこがボトルネックなのかを認識しにくくなります。
そのため、「問題点を出してください」「改善案を考えてください」と言っても、現場から有効な意見が出てこないことがあります。本人に悪気があるわけではありません。見えていないだけなのです。
この点を踏まえると、業務の棚卸し、ボトルネックの抽出、業務フローの再設計、AI化対象の選定は、外部コンサルタントや社内の専門チームが主導するほうが現実的です。
ただし、外部が上から変えるのではなく、現場社員を「業務を守ってきた専門家」として
尊重し、その知見を引き出すことが大切です。
業務改善の入口も、「改善しましょう」ではなく、「これまで積み上げてきた業務ノウハウを会社の資産として残しましょう」という伝え方が有効です。
現場社員を「変えられる側」に置くのではなく、「知見を提供する側」に置く。これにより、抵抗感を下げながら、業務改善に必要な情報を引き出しやすくなります。
4. 既存社員の底上げに必要な考え方
AI時代の人材育成では、単に新しい知識を教えるだけでは不十分です。特に既存社員の底上げにおいては、「教育」だけでなく「役割転換の支援」が必要です。
これまで評価されてきた行動は、早く処理すること、ミスなく処理すること、大量に処理すること、黙々と継続することでした。しかし、AI時代には、評価すべき行動も変わっていきます。
たとえば、次のような行動を評価する必要があります。
業務手順を説明できた。
例外処理を共有できた。
ミスが起きやすい箇所を伝えた。
マニュアル作成に協力した。
AI導入のテストに参加した。
新しい手順を試した。
AIの出力を確認する役割を担った。
後輩や同僚に操作方法を教えた。
人は、評価される行動を続けようとします。したがって、変化への協力が評価されなければ、現場は本気で動きません。
また、AI活用の教育も、最初から高度な内容にする必要はありません。むしろ最初は、身近な業務で小さな成功体験を積ませることが重要です。
メール文案をAIで作る。
議事録の要約をAIに任せる。
チェックリストのたたき台を作る。
マニュアル案を作成する。
Excelの操作方法を相談する。
問い合わせ回答の下書きを作る。
このような小さな活用から始めることで、社員は「AIは自分の仕事を奪うものではなく、
自分を助けるものだ」と感じやすくなります。
既存社員の底上げにおいて重要なのは、「高度な人材になりなさい」と求めることではありません。その人の持つ強みを、AI時代の新しい役割に接続することです。
5. AI時代に管理職へ求められる役割
AI時代の人材活用において、最も重要な存在の一つが管理職です。
これまで多くの管理職は、プレイングマネージャーとして、自分自身も実務を抱えながら
部下を管理してきました。その結果、本来必要であるはずの育成、面談、対話、業務設計、配置検討に十分な時間を使えなかった企業も少なくありません。
しかし、AIやSaaSによって管理職自身の定型業務が効率化されると、マネジメントに使える時間が生まれます。
ここで問われるのは、その時間を何に使うかです。
AI時代の管理職に求められるのは、単なる進捗管理ではありません。一人ひとりの部下を
理解し、その人が力を発揮しやすい条件を整える個別マネジメントです。
部下は何にやる気を感じるのか。
どのような業務で力を発揮しやすいのか。
どのような伝え方だと受け止めやすいのか。
どのような場面で不安や負荷を感じやすいのか。
今の不調は能力不足なのか、環境不一致なのか。
本人の強みはどこにあり、どのような成長可能性があるのか。
こうした視点を持つことが、これからの管理職には求められます。
つまり、管理職は「人を動かす人」から、「人が力を発揮できる条件を整える人」へと進化する必要があります。
6.管理職育成に必要な5つのテーマ
AI時代の管理職育成では、従来型のマネジメント研修だけでは不十分です。特に重要になるのは、次の5つのテーマです。
(1)自分の特性を知ることです。
管理職は、自分の考え方や価値観を無自覚に部下へ押しつけやすいものです。スピード重視の上司は慎重な部下を遅いと感じ、挑戦志向の上司は安定志向の部下を消極的と感じることがあります。
これは悪意ではなく、人間の自然なバイアスです。だからこそ、管理職自身が自分の見方のクセを知る必要があります。
(2)部下の特性を知ることです。
部下を一律に見るのではなく、一人ひとりの強み、動機づけ、情報処理の傾向、負荷がかかりやすい場面、力を発揮しやすい環境を理解することが重要です。
(3)マネジメントの基本知識を学ぶことです。
目標設定、業務アサイン、フィードバック、1on1、評価、育成計画、心理的安全性、ハラスメント予防など、管理職には一定の知識体系が必要です。経験則だけのマネジメントでは、価値観が多様化する時代に対応しきれません。
(4)傾聴や問いのスキルを身につけることです。
部下の本音や課題は、上司が一方的に指示しているだけでは見えてきません。最後まで聴く力、否定せずに受け止める力、事実と解釈を分ける力、本人の考えを引き出す問いを立てる力が必要です。
(5)心理学の知識を学ぶことです。
人は否定されると防衛的になります。安心できないと本音を話しません。自分で選んだことには主体性を持ちやすく、期待されると行動が変わることもあります。こうした人間理解は、管理職の関わり方を大きく変えます。
7. 適性検査やアセスメントの活用
AI時代の個別マネジメントにおいて、適性検査やアセスメントツールの活用は有効です。
ただし、使い方を誤ると逆効果になります。
適性検査は、人を決めつけるためのものではありません。
「この人はこのタイプだから無理だ」と判断するためのものでもありません。
本来の目的は、管理職の主観や思い込みを補正し、部下の可能性を見出すための材料にすることです。
特に、性格診断的な簡易ツールだけでは、実際のマネジメントに十分活かせない場合があります。管理職が知りたいのは、単に明るいか慎重か、外交的か内向的かという表面的な情報だけではありません。
どのような情報処理が得意なのか。
どのような業務負荷でつまずきやすいのか。
どのような動機づけで力を発揮するのか。
どのような環境で安心して働けるのか。
どのような関わり方が成長につながるのか。
こうした実務に結びつく洞察が得られるツールでなければ、個別マネジメントには活かしにくいでしょう。
また、検査結果は「答え」ではなく「仮説」です。管理職は、その結果を本人との対話を通じて確認し、業務場面に置き換えながら活用する必要があります。
適性検査を活用するうえで大切なのは、人を分類することではなく、人を理解することです。そして、人を評価することではなく、人を活かすことです。
8. 経営者が取り組むべき人材育成の方向性
これからの企業に必要なのは、AI導入と人材育成を別々に考えないことです。
AIを導入するのであれば、同時に人の役割を再定義する必要があります。業務が効率化された後、社員にどのような仕事を任せるのか。管理職はどのような時間の使い方をするのか。既存社員をどのように底上げするのか。評価制度をどう変えるのか。
これらを一体で設計しなければ、AI導入は単なるツール導入で終わってしまいます。
経営者が取り組むべきテーマは、次のように整理できます。
AIやSaaSで代替できる業務を見極める。
既存社員の現場知見を会社の資産として整理する。
単純業務人材の役割を再設計する。
管理職に個別マネジメントを学ばせる。
適性検査やアセスメントを正しく活用する。
AIで生まれた時間を、人材育成と対話に使う。
変化への協力を評価する仕組みをつくる。
外部視点を活用し、業務を客観的に見直す。
特に重要なのは、AI導入を「人を減らすための施策」としてではなく、「人の役割を高めるための施策」として位置づけることです。
もちろん、業務効率化によって必要な人員構成が変わることはあります。しかし、短期的な削減だけを目的にすると、現場の信頼を失い、変革は進みにくくなります。
一方で、社員に対して「AIを使って、より価値の高い仕事に移行していく」という方針を示すことができれば、AI導入は組織成長の機会になります。
9. これからの人材価値とは何か
AI時代において、人材価値は次のように変わっていくと考えられます。
単に知識を持っていることよりも、知識を使って判断できること。
単に作業が速いことよりも、業務全体を見て改善できること。
単に指示を守ることよりも、目的を理解して動けること。
単に専門業務をこなすことよりも、AIの結果を見極められること。
単に部下を管理することよりも、部下の可能性を引き出せること。
これから求められる人材は、AIに仕事を奪われない人ではありません。AIを使いながら、人間にしかできない価値を発揮できる人です。
その価値とは、判断する力、見抜く力、設計する力、改善する力、人に寄り添う力、意味づけする力、組織を動かす力です。
企業の人材育成も、これまでのように「作業ができる人を育てる」だけでは不十分です。これからは、「AIを活用しながら、人と組織に価値を生み出す人を育てる」ことが必要です。
10. おわりに
AI時代の人材活用と人材育成は、単なる技術対応ではありません。経営そのもののテーマです。
定型業務がAIやSaaSに移行していく中で、企業は人の役割をどう再定義するのか。単純業務を担ってきた社員をどう活かすのか。管理職をどのように育てるのか。人材の可能性をどのように見出すのか。
ここに、これからの企業競争力の差が表れると思います。
AIを導入すること自体は、今後ますます一般的になります。しかし、AIによって生まれた時間や情報を、人の成長、組織の改善、顧客価値の向上に結びつけられる企業は、まだ限られています。
経営者に求められるのは、AIを「人の代替」としてだけ見るのではなく、「人の可能性を引き出すための手段」として捉えることです。
AI時代に強い企業とは、人を減らす企業ではありません。
人の役割を高め、人がより価値ある仕事に向かえるように設計できる企業です。
そのためには、業務の見直し、既存社員の底上げ、管理職育成、適性理解、対話力の向上を一体で進める必要があります。
AI時代の人材育成とは、単に新しいツールを使える人を増やすことではありません。
人を理解し、人を活かし、人の可能性を組織成果につなげる力を育てることです。
これこそが、これからの経営者に求められる人材戦略の中心テーマになるのではないでしょうか
【著者情報】
株式会社さくら総合研究所 シニアディレクター 菅野敏
資格:シニアコンサルタント ・キャリアコンサルタント
大手損害保険会社の営業職から中小企業へ転職。創業期のNO.2として組織創りに取り組み、自社および他社の人財育成の支援を担当。その経験を活かし、人がポテンシャルを発揮しイキイキと働ける環境創りの支援を使命とするため現職へ。
現在は、エナジャイザーのプロファイラーとして約15万人以上のデータを解析している。